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2020年6月14日 (日)

常呂川下り

 今回も自転車ブログです。ちょっとだけ鶏が出てきます。

 こんどは早起きした。朝4時。夏至が間近いので朝が早い。
 鶏に朝ごはんをやってタマゴを拾って、あとはkinnにお願いして、自転車で網走駅に向かったのが5時半ちょっと前。

 駅から始発が出るのがちょうど1時間後で、前回は自宅から乗車まで1時間を少し超えていたから(ただし呼人駅乗車)、乗り遅れたりしないだろうか緊張しながらのスタートだった。サイクリングロードを使わずに国道を突っ走った。追い越す車はほとんどなくて、やや曇り空の下、快調な滑り出し。

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 結果、発車の10分前には乗り込めて一安心。売店はまだやっていない。自販機で水を買う。6:22出発。急に寒くなって眠くなって腹がすく。朝はコーヒーしか飲んでない。

 女満別駅、美幌駅とジャージの高校生の群れが次々乗り込んでくる。列車は3両編成で、自分は最後尾の車両に乗っているのだが、見ていると遠くの先頭車両にみんな列を作って乗り込んでくる。遠足ではなさそうだし、何かの校則かなあと思っていたが、止まる駅止まる駅近くのドアが開かなくて、「ああ、これがワンマン運転なんだ」と急にひらめいた。運転手が乗っている先頭車両のドアしか開かないのは、1両編成でも3両編成でも同じなのだ。ボックス席に輪行バッグごと持ち込んでいたのがいたたまれなくなって、長椅子席に移動した。若者たちは柏葉、北見、西北見、東相内とそれぞれの高校の駅で下車していった。

 もうがらんとした3両編成が留辺蘂駅に滑り込み、そこで降りた。わりと大きな駅だが例によって無人駅で、広いホールのいい場所に地元の高校生が作った「福祉マップ」が展示されていた。地元の高校生がんばってます。駅前で自転車を組み立て、ちょっと行ったセイコマートで朝食を調達。今回はちゃんと持っていきます。

 留辺蘂は林業のさかんな町で、木をぜいたくに使ったハイカラな留辺蘂小学校を見ながら街中を抜ける。留辺蘂は何度も車で通過してきたが、自転車で生活道路をゆっくり行くのは新鮮だった。まだ8時半。

 今回の自転車旅のテーマは「常呂川下り」。配達で毎週のように常呂川河口の常呂町を回り、常呂川沿いに上流の北見まで通っているので、列車で行ける一番遠い常呂川上流から河口まで下ってみようと思ったわけです。峠越えはつらかったので、下り坂を行くならそれほど疲れないだろうと思ったのが当たりでした。常呂川本流はほんとうは置戸町から流れてくるのだけれど、池北線もふるさと銀河線もとうに廃線なので、支流の無加川上流ということで留辺蘂駅発となりました。

 まずは坂を上って2駅先の金華駅。むかしJRのイベントで網走・金華の往復特別列車に乗って来たことがあって、あのときもずいぶん辺鄙な駅だなと思ったが、今回来てみて完全に廃駅となったようでさらに本格的にさびれていた。

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 駅前には「地鶏たまご・無添加・有精卵」の看板があって驚いた。いい場所にあるのになあ。

 「押し潰る鳥舎にコデマリまるく咲く」

 さらに砂利の山道を登る。クマにおびえながら20分、今度からはクマ鈴を付けようと走っていくと、立木の向こうに青い屋根の二つの真っ黒な穴を見つけた。常紋トンネル。ゲートがあって近くには行けなかった。駅から300mで慰霊碑があると表示があったが見つからなかった。

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 無加川べりで買ってきた朝ごはん。

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 町はずれの温泉宿。ずっと気になっていた。まだ走りはじめなのに道草。お湯はぬるめで、昭和っぽい内装とタイルが割とよかった。こんなひなびた旅館でもフロントにビニールシートが垂らされていた。

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 そこからは視界が開け北見盆地が始まり、ひたすら平坦で幅広の国道を走って気持ちよかった。
 じきに飽きたので相内で南に山越え。丘の上に北見モイワスポーツワールド。6月の週末だというのに、パークゴルフとテニスコートにまばらに人がいるだけで、無人の芝生が無残だった。朝の高校生を思い出す。

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 訓子府川に沿って下る。田舎道でのんびり。いい天気でポーっと走ってるとプッと後ろの車に鳴らされる。
 さらに南に丘を越えて常呂川へ。このあたりは北から無加川、訓子府川、常呂川と並んで流れていて、もうすこし下流で合流している。そこにできた町が北見のようです。
 丘の上には広郷浄水場。古墳かモスクみたいだ。

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 常呂川はさすが広かった。

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常呂川。

「アイヌ語の「ト・コロ・ペッ」(沼・を持つ・川)と解されるが、常呂川がライトコロと呼ぶ支流が本流でサロマ湖とつながっていたことに由来すると言われる。」

何度読んでも意味が分かりません。

 下っていくと、合流地点にある中の島公園。北大植物園にあるような巨大な木が何本も生えている。中洲なので土地の利用のしようがなくて原生の樹齢の古い木が残ったということだろうか。橋は通行不能で来た道を戻る。この辺に住んでいた15年以上前から壊れていた気がするけど修理する気はないようですね。

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 まちなかで昼食。

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 河川敷の公園はにぎやかだった。川べりのマイホームでは休日の家庭菜園を楽しむ家族。 樋門について学んでます。ふだんは開いていて小川の水が流れ込むが、大雨で本流が増水すると閉じて街を守るんだって。

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 じきに舗装がなくなって砂利のガタガタ道。しばらく走って、パンクが心配なので国道を走ることにする。
 国道は車がすごいスピードで通るたびに風と砂塵がワッときて、なかなかの苦行。
 端野のはずれで常呂川は山にぶつかり北上する。いつも配達で通っている道は西岸で交通量も激しい。地図を見ると東側に道があるようなので恐る恐る玉ねぎ畑の中を行く。舗装がなくなり、砂利道のわだちを残して草が生えてきて、引き返すのは嫌だなあと走っていくと、舗装道路に出てホッとした。切り通しを抜けると広々と畑が広がっていて家も見えて別世界。桃源郷ってこんなんだろうなと思う。秋まき小麦はもう出穂している。雪解けが3月だから、3か月で実を着けるなんてうちのヒヨコみたいだ。どれだけ肥料が必要なんだろう。

 いつもは見られない東岸の景色を味わうのも束の間で道は橋に続き、ざんねん西岸に戻される。
 クマが出たという地区を抜ける。

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車がビュンビュン走ってるので妙に安心感。
 崖の崩れた跡があって赤い土があらわになっている。むかし養鶏の先輩が常呂に赤土があって分析したら鉄分を含んでおりニワトリのミネラル補給に良いと聞いたことがある。バス停は「鉄山」とあってびっくり。この赤土は中の島公園にもあった。地層的に常呂川のあたりは南北に何本も異なる地層が並んでいると読んだ記憶がある。
 地区に店舗はなく、自販機で今日4本目の水を買い、走っていくと橋らしきものが見えた。地図にはない橋を渡ってまた東岸へ。見ている地図は20万分の1なのであてにならないわけです。

 川べりの地図に聞いたことがない小学校が載っており行くと確かにあった。もう廃校で高齢者交流センターに衣替えしており、追い越してきた軽トラからおじいさんが下りてきて前の花壇の草取りを始めている。屋根が丸くていい感じなのでカメラをパチリ。中はどんなになっているんだろう、教室は二つくらいかなあと思いながらのぞき込んだりして、満足して去り際に花壇のおじいさんに「どうもこんにちは~」と頭を下げると、相手も頭を下げながら厳しい目をしていた。向こうにしてみれば、なんだかよくわからないやつがやってきて大事にしている建物を勝手にパチパチ撮っているのは、気分のいいものではなかっただろう。せめて最初に挨拶して許可をとるべきだったなあと反省。旅をしていると好意的に声をかけてくれる人はいるが、旅人は根本的にはよそ者と思われても仕方ないわけで、気を付けないとなりませんね。

 また橋があり西岸へ。あとはずっといつもの配達の道。堤防がどんどん高くなってきて、あふれてこないよう工事をしているようだ。道も傾斜がなくなってきて、向かい風も吹いて漕ぐのがつらくなる。
 ようやく町に出て、去年の春、あたらしく自転車が来てよろこんで走ってこの街中を走ったのを思い出しながら、ゴールのオホーツク海へ。輪行をするようになって行動範囲が広がって良かった。
 えんえん流れ蛇行してきた川はあっけなく海とつながっていた。河口直前ではためらうように蛇行するのは網走川でも同じ。
 これにて一巻の終わりです。

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 kinnにまた迎えに来てもらって帰路に就く。
 川下りなので厳しい上り坂はなかったがさすがに翌日は疲労がたまっている。地図を見ると、9時間かけて100キロメートル走破したみたいです。

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