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2020年5月31日 (日)

アタック美幌峠

5月30日(土)、自転車を手に入れてからずっと行きたいと思っていた美幌峠を目指します。

今回は鶏も犬も出てきませんあしからず。

 

◆網走平和~呼人

朝9時、遅めの出発。
天気は最高。今日は30度まで行くらしい。
今週で緊急事態宣言が全面解除ということで自粛ムードも和らいだようなので、ひさしぶりのJR輪行です。
高温のせいか、虫が元気よく飛んでいてどんどん前面に付く。柳ジョ(上が如、下が糸)も舞っている。
遅く出たのでせかせか急ぐ。
いつもは網走駅に向かうのだが気分を変えて呼人駅乗り込みとしてみる。

 

◆呼人~美幌
9:50呼人駅着。
今年初めての解体だが13分でできた。
時間が空く。駅前には売店どころか自販機すらない。
つつじの赤紫色がどっさり咲いている。

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10:26分汽車がきた。
マスクを忘れたので頭に巻いていたタオルを銀行強盗みたいに鼻と口を覆って。。
車内は高校生風の若者が一人と、おばあさんが二人。空いてます。

 

10:50美幌着。
自販機でジュースを買ってがぶ飲み。すぐ某所で水をくむ。
組み立てていると、同乗のおばあさんに声をかけられる。
「自転車旅行ですか、いいですね」
話の流れで出身地居住地職業まで白状してしまった。ホントはこの町にも配達してます。

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◆美幌~美幌峠(本日のメインエベント)
11:20、まだ午前の清澄な青空の下、出発。
白樺並木をゆく。
美幌峠までは29キロ。
行程の3分の2まではほぼなだらかな道のりで鼻歌交じりに漕いでいた。

 

「新宮林道」の分岐から傾斜がきつくなる。
きつい坂道がまっすぐずっと続いており気持ちを削いでくる。

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行く手にのぼりが立っていて、「ソフトクリームかな?」近づくと「アスパラガス」。

 

例の美幌のおばあさん、
「何段ですか? 18段なら、峠もだいじょうぶですね」
て言ってたけど、つらいです。

 

ギアの軽さと車重の軽さでペダルを漕ぐ足にはあまり負担はかかっていないのだが、サドルにまたがっている尻と股が痛い。
婦人用自転車と違って今乗っている自転車はハンドルとサドルが同じ高さにあって、だから比較的前傾姿勢をとって長距離でも負担がかからないように設計されているが、上り坂だと後傾姿勢となり、負担が尻と腰にくる。サドルがソファーだったらと思う。
着替えとか輪行バッグしか入れないで極力軽くした背中のリュックサックも重く感じて、ハンドルに縛り付けて少し楽になった。

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高校時代の部活動の辛かった練習メニューを思い出す。
体がもう辛くて逃げ出したいのだけれど逃げ場がない。
戻る場所などはなく進むしかないのだ。
朝食べた食パン二枚がとっくに腹の中から消えていて、空腹と渇きが一層体力を削る。

美幌の売店で甘納豆でも買っておけばと思ったがもう遅い。
何度も自転車を投げ出ししゃがみ込む。
スタンドが付いていないし縁石もないから自転車は横倒し。
余計に情けなくなる。
道ばたにしゃがむ私の横をブンブン追い抜く車たち。
その人目も気になるが余裕もない。
峠越えは結局2時間25分かかったのだけれど、行程のラスト3分の1で半分以上の時間がかかっていた。時速7キロといったところか。

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あのカーブを超えたら、あの見慣れた美幌峠の道の駅の建物が見えてくるはずだ、踏ん張ってたどり着くとやっぱり坂道がまだ続いていて泣きそうになる。
青看板が見えてきて、道の駅の入り口のサインだと思って近づくと「あと2キロ」と望みを砕く。
自転車を買った昨年は網走~端野線の峠も、網走市最高点の天都山も難なく行けたので甘く見ていた。30年前の杵柄は、やはり51歳にはもう無理なのかと悔しさをかみしめてとうとう自転車を押してとぼとぼと歩いたりもした。負けた感じがした。
エイヤと奮起してペダルをぐりぐり漕いでもすぐたまらなくなりまた車を投げ出す。
13:45、何度もゼロになるHPを休み休み回復してようやく峠に着いた。

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峠の道の駅は車やバイクの客で混んでいた。
以前に自粛期間中お忍びで立ち寄った時には閑散としていて悲惨な雰囲気だったので、良かったなあと思う。「密」ですが。
手を洗い、イモダンゴと醤油ラーメンを注文、坂道の間ずっと頭の中で想像していたメニューである。カツカレーの追加はやめた。
セルフサービスの水を何度もコップにくみに行く。

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◆美幌峠~和琴半島
この時点で14:20、帰りは川湯温泉15:48発の便を予定していたが無理そうで、1本遅らせてゆっくり行くことにするが後にツケが残ることになる。
ご褒美の、屈斜路カルデラ崖下りダウンヒル。
ブレーキをかけかけ、視界いっぱいに広がる屈斜路湖と中の島をあじわいながら下る。
以前に三国峠まで車で運んでもらって、タウシュベツ橋梁経由で糠平温泉郷まで下ったことがあるけれど、やはりありがたみが違いますね。

 

15:00、温泉に入りたくて和琴半島に立ち寄る。
むかしカヌー遊びで来たところ。養鶏を始めた年で、あれから10年としみじみ。
浜辺の湖水は同じように澄んでいて、静かで。
夕日の照り返しがもうまぶしい。
水際で家族連れが水遊びに興じている。
みんな自粛解禁を謳歌しているようだ。
砂浜のキャンプ場はまた訪れてみたいところ。
スキンヘッドのお兄さんに自転車に興味を持たれて「17インチ?」いろいろ聞かれる。
「アラヤは国産だけどまあポンプがいつの間にか外れるし泥よけの取り付け方がありえないしまあ値段そこそこですね」と言いたかったがやめた。
キャンプ場そばの露天風呂は人目が多いのでキャンセルして、お兄さんに教えてもらった湖岸っぷちをずっと行った先の共同浴場に行ってみる。
山道を少し行くと廃屋然とした小屋があり、そうっと窓からのぞくと確かに湯船がある。
やっぱり混浴かな、困ったなと思いながらノックをして中に入る。
誰もいない。わざわざここまで足を運ぶ変わり者はそういないらしい。
脱衣所は地元ボランティアの人がちゃんと管理してくれていて砂も埃もなくて気持ちよく利用できた。

ありがとうございます。
いざ湯殿へ。
最悪を想定して貴重品のウエストバッグとシャツ、ズボンだけは持ち込む。
身ぐるみもって行かれては泣くに泣けない。
湯は熱すぎて足を2秒とつけていられない。
やけどしない、タンパク質が変性しないぎりぎりの温度だ。
脱衣所に戻ってみて水温の下げ方を読んでみたけど分からない。
土のうを積んで排水調整とか書いてるけど、外にあるのか? 
もう脱いでます。

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つかるのをあきらめてかぶり湯もできず、桶にくんでタオルに浸して清拭するにとどめた。
それでも熱い湯で洗い流すと生き返った。
湯は直下から沸いてくるそうだけど、地球の熱を実感。地球は生きてます。スノーボールアースがまた来てもへいきです。

 

けっきょく同浴の客は入ってこず、心静かに入浴を終えた。
小屋から湖へ湯が流れ出していたが、ゆでエビが何匹も浮いていた。

 

◆和琴半島~弟子屈
15:45発、和琴を出てあとは、平坦な道を疲れた体でひたすら消化コース。
弟子屈という場所は畑作が盛んで、山の北向こう、オホーツクと変わらない風景が広がる。気候も近いのだろう。南を下ると太平洋からの海霧が広がって農業が成立せず湿原と牧場ばかりのもの寂しい風景になる。畑で物がとれるのはいいことだ。
地図で見ると美留和駅のほうがやや短距離だが道が分からず、弟子屈駅まで出る。
町はわりと大きくて入り組んでいて、駅に着けるか心配した。

 

16:45、弟子屈駅改め摩周駅着。
17歳の夏に初めて輪行で来て降りた駅。意気揚々と出発したのを思い出す。
走りながらカメラを撮ろうとして落とした拍子にあわてて前ブレーキをぎゅっと握ってしまい、前輪急制動のジャックナイフをしてしまい、サドルから前へ滑り落ちた尻(股下)がフレームにしこたま打ち付けた。尾てい骨あたりが今も痛い。

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駅の売店でシャッターを下ろしているところを食い止めてラムネとお茶を売ってもらう。もう何本飲んだだろう。5本に、このあと1本と、缶ジュース300ミリ1本と、食堂での水のがぶ飲みと。
駅前のコンクリートの上に無数の赤い虫がうごめいているのにビビリながら解体。
無料の足湯があった。
靴下を脱いで入ると例によって熱泉である。過剰に接待されている感じがする。

 

◆弟子屈~帰宅
17:22摩周発。
車内はやっぱり空いていた。
川湯温泉を越え、弟子屈湖カルデラ外輪山山脈を越えオホーツクへ。
汽車に乗るとあっけなく帰ってこれる。

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知床斜里駅で20分近く待ち合わせの停車。単線だから上りと下りの汽車は駅で行き違えるようお互いを待つというわけです。
どきどきしながら無人の改札を出て、ホテルの前を過ぎ、信号を渡ってセイコマートにカツ丼を買いに。

「置いて行かれるかもしれない」という緊張感の途中下車は「銀河鉄道999」みたいで楽しい。

乗客が少ないため駅弁がもう売っていなくて、コンビニ弁当を座席でひらくのも平成令和の汽車旅だろうか。
行く手はオホーツク海に夕日が沈みかけていて、19:44網走駅下車後が思いやられる。
網走駅から自宅までは自転車で1時間近く、帰りの便を1本遅らせたせいでもう真っ暗で、車にあおられながら街灯のない国道を行くか、野獣の出現を恐れながらサイクリングロードを行くか、知床で自転車で走ってる横の崖を成獣の少し手前ぐらいのヒグマが驚いて駆け上っていくのを通り過ぎ、母グマの襲撃を想像して全力で離脱したこともあり、悩んだ挙げ句、kinnに車で救援に来てもらえることになり、ホッとしてこの旅は一巻の終わりと相成りましてございます。長文お疲れ様でした。

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