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2018年6月30日 (土)

母と関節痛

(今回は文字ブログです)

昨年ごろから腰痛がちで、やわらかすぎるベッドがいけないのかなあと硬めに調整して寝ていたら今度は気づくと右足の付け根が痛みます。

五十を前にしていろいろあります。

通常の歩行動作では無自覚、でも違う角度に稼働させると途端ビリリっと痛むのです。
地面のでこぼこ、逃げた鶏の捕獲、地面の物を足でこっちに寄せる動作さえ難儀いたします。
しばらくほっておいても治らないので病院で見てもらうことにしました。

先生は、就農してまもなく、右手親指腱鞘炎のときにお世話になった方です。信頼の置ける先生でなんです。

「手術するか、それとも様子見るかもできます」

あのときそう言ってもらってずいぶんほっとした覚えがあります。
先に受診した別の病院では

「これは手術しかないですね」

と宣告されて泡を食ってセカンドオピニオンを求めて訪ねた病院でした。たくさんの患者さんをどんどんさばきながらもちゃんと向き合ってくれる感じの先生です。

(さいわい、先生の見立どおり鎮痛剤をのんで無理な動作をせずにしていたら自然完治してくれました。当時は冷凍の魚をハンマーでたたき割るというむちゃな作業を毎日くりかえしていたのがよくないのでした)

 さて、MRIでちゃんと調べましょうということになって、ずいぶんと医療費がかかり閉所恐怖症の私には苦行となった十数分間でしたが、断層写真を見ても顕著な兆候は見つからず、病名はつきません。薬を飲んでしばらくようすをみても痛みは長引いています。

 おかしいなあと首をひねっていたら、実は家族の者に関節リュウマチ患者がいたことに話が及び、そりゃ遺伝かも知れませんね、と採血検査を受けることになりました。

「え、これ母親のリューマチが遺伝したんですか、でもワタシ男ですよ」

「いや、男性でも臨床では結構かかってるんですよ、近親者がかかっているということは可能性はかなり、高いですね」

「えーそうですか……」

母は既に鬼籍の者ですが、私を二十七、八で産んでから骨がよわくなり、リューマチがだんだんと進行して指が曲がり、両足の膝関節に金属(チタンだったとおもいます)を入れる手術をし、さらには首の関節まで金属を入れる手術を繰り返しました。

ずいぶんとつらそうで、それでも気丈に暮らしよく笑う母でした。ずいぶんと親不孝もし、苦労もかけましたが。

その母を生涯くるしめた関節リューマチが自分にも遺伝していたとは、おぼえず目頭が熱くなるのをなんとかこらえてその日の支払いを済ませ、採血の結果を待って二週間。

この体はやっぱり母からもらったんだなあと妙に納得もし、母がたたかった病気ならば息子が引き継いで闘うのも仕方のないことだ、と観念もするようになりました。

右足の痛みも長く付き合うようになって慣れてきたのか、それとも痛みが薄れてきたのか、毎朝夕食後の鎮痛剤を飲むこともやめていました。

さて宣告の日。ドキドキしながらお医者さんの診察室に入ったわけです。

結果、

「リューマチを示す因子は出ませんでしたね、まあもっと年取ってから発症する例もありますから油断はできませんけどね」

ということでとりあえず執行猶予付き放免となったわけであります。やれやれです。

でも年を取るといろいろありますね。

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そういうことも受け容れて生きていけたらなあとは思います。

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